息子の涙
息子が亡くなっていると連絡を受けたのも、今日のような小雨の日だった。
もう午後の3時頃だった。
アパートに駆けつけてもなかなか中に入れなかった。
警察官の方が息子の遺書を持ってきて、「これは息子さんの字ですか」
と言われた。
あたりはすっかり暗くなっていて、懐中電灯で照らされた文章はよく見えなかったが、遺書らしいことはわかった。
「息子は自分で死んだのですか」
と泣きそうな顔で尋ねると、若い警察官は気の毒そうな顔をしてうなずいた。
すっかり夜になってからようやく部屋に入れた。
部屋に入り、ベッドに横たわっている息子を見たとき、「あら、やっぱり死んだなんてうそやん、眠ってるだけや」と思った。
そう思いたかっただけかもしれないが、それほど息子の顔は穏やかだった。
恐る恐る近づいて息子の顔に触れたとたん、その氷のような冷たさに、死という現実が一気に押し寄せてきた。
そのあとは娘たちと共に「〇〇、なんで?」と半狂乱で泣き叫んだ。
みんなが混乱状態で泣きながら息子の顔を見ていたとき、突然息子の両のまつ毛にふわっと涙があふれ、頰に流れた。
「〇〇にいちゃん泣いてる!」
と次女が叫んだ。
「そうやね、みんな来て嬉しかったんかな、それかごめんて言ってるんかな」と私は言った。
そのあとほんの少し気持ちが落ち着き、外で待機していた葬儀屋さんを呼ぶことができた。
医学的には単に体内の水分が出てきただけなのかもしれないが、私たち家族には息子の涙に見えた。
謝っているのか後悔かお別れか何かはわからないが、息子は私たち家族に何かを伝えてくれたのだと思っている。